青木マリduo+(ゲスト:柴田奈穂)2016.2.26

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2017年10月19日木曜日

2017衆院選挙に寄せて(選挙多すぎ!)

昨日のつかの間の晴れ間はどっこへやら、今日も又冷たい雨ですね。
犬子さん冬毛が生えそろわないので震えてます。

はてさて、またもや選挙ですね。
以前も選挙については駄文を書いていて、凡そ同じなんですが、今回も一言書かせてください。

まず、この選挙が行われていることについての疑問。
国会開催を伸ばしに伸ばした末の冒頭解散、よほど国会審議を避けたかったのでしょう、でもこれは完全に仕事の放棄です。人間のやり取りとして、無責任で信用を無くす行為ですね。税金の無駄遣いでもあり、許容しがたいと思っています。
そんなのバカらしい、だったら投票に行かない、という意見もたまに聞きますが、解散してしまった今となっては、どんなにバカバカしくとも、投票に行くしかないのです。
私は、特に支持政党はなく、団体にも所属していませんが、地方自治体の選挙でも必ず投票します。
選挙に行くか行かないか、の選択肢は私の中にはありません。

選挙権があるから、選挙にいく。それだけ。

民主制度が取り入れられて、男女問わず選挙権を持つようになったのは戦後になってからです。それでもまだ、国内に暮らしていても選挙権のない人もいますし、病気やさまざまな事情で投票が難しい人もいます。
また、自民党が進めようとしている憲法改正案には実は緊急事態条項が含まれていて、非常時には政権の交代がおこなわれなくなる、つまり選挙は行われない。そして非常時かどうかを決めるのは政権の側、、。そういう未来がくる可能性がある。
要するに、普通選挙がいつでもあって、選挙権があるのが当たり前、と思ったら大間違いということです。先人が多大な犠牲のうえで手に入れた民主制度を、むざむざ手放すことはないと思うのです。投票率が半分くらいしかない、って情けないなあ、と思います。
暮らしキツキツで税金払って、いいようにされても構わないのかな。
棄権や白票は委任と変わりません。そんなに信頼してる?

だけどどうせ一票いれたって、何も変わらない、死に票になるのが分かってるから無駄手間かけたくない、そう思うかもしれません。

でも、考えてみてください。

しっかりした組織票を持っている盤石の陣営だって、一人が百票持っているわけではありません。雨が降ろうが槍が降ろうが、選挙がくだらなかろうが候補が気に入らなかろうが全く関係なく、組織の意向に沿って投票する、そういう一人一人の同じ一票の積み重ねでしかないのです。
だから、あきらめることなんてないのです。

繰り返しになりますが、雨が降ろうが槍が降ろうが、選挙がくだらなかろうが候補が気に入らなかろうが、それでも最善を考え抜いてみんなが投票すれば、いいんです。
めんどうなこと、じゃなくて、チャンスと考える。
出来ないことじゃないと思うんだけどな。
普通選挙が行われている限りはね。

だけど、もう選挙も間近だし、今まで興味なくてどこに入れていいかわからない、という人。
参考までに私の投票原則をお伝えします。(あまり参考にならないかもですが)

特定の支持政党を持たない私の基本スタンスは、「与党の圧倒的多数は避けるべきだ」なので、必ず野党に入れます。
現に、こんな理不尽な解散が行われたのも一極に力が集中しているからに他ならないでしょう。
ねじれ国会、決められない政治、など悪いことのように言われましたが私はそうは思いません。大事なこと、生活を左右することはゆっくり議論を重ねてほしい。答えを急ぐことが最善ではないでしょうし、本当に必要な法案なら野党側も大反対しないはずですから。
情勢を見て野党が極端に躍進して勝ちすぎそうなら別の野党に入れることもあるでしょう。もっとも今回も余計な心配はいらない様ですが、、。

そして、政局とは別に理念としては、武器を売ったり環境を大破壊してでも経済を回す仕組みはもう限界だと感じていて、自分達が死んだあとの世界の人たちまで幸せでいられるようなやり方を模索する、そういうベクトルを提示する政党を支持したい。
戦争は最悪の選択肢だという認識で外交してほしい。
これは切なる願いでもあり、願いをこちらからも発信して政治に届ける必要があると思うし、人々の声を拾い上げる政治を選びたい。
まずはともかく政治に誠実であれ!と思います。

政治は民衆を写す鏡です。
政治が間違ってるのは、私たちが間違ってるから。
政治が民衆を軽視するのは、私たちが政治を軽視するから。
一票は小さいですが、私たちは小さくありません。
あきらめは自分を貶めること。
無関心は自分自身の阻害です。

ヒーローはいないし、奇跡も起きません。
期待もしないけれどがっかりもしない。
コツコツ行きましょう。

10/22は衆議院選挙、投票日です。大事な一票、無駄にしませんことを!
(長文読んでくれてありがとう)







青木マリ近々のライブは
10/26 江古田cona(江古田音楽祭)duo
10/29 高円寺フェスsolo
11/3 四谷三丁目喫茶茶会記「うたのとぐち」
    青木マリwithロケット・マツ
11/11 尾道おだ画廊、ジョンバーガー solo
11/17 阿佐谷イエローヴィジョン duo+下郡幸夫
11/25 池袋バレルハウス solo

よろしくです!









2017年10月9日月曜日

9月まとめの最後!イットク・フェス

まだ9月のこと書こうとしています。
これまたスルー出来ないイベントが最後にありました。

9月24日@国会議事堂周辺『言っとくけど俺の自由はヤツラにゃやらねえ!ロックフェスティバル』略して『イットク・フェス』
長い!長すぎるタイトルのこのイベントは、7月の共謀罪の施行を受けて、表現の自由を守ろうという趣旨で行われた、国会議事堂周辺では初のフリー野外コンサート。
渋谷アピアの昔からの音楽仲間、浦邉 力さんの呼びかけからいろんな人たちの協力あって実現した前代未聞のイベントでした。

イットク・フェス犯行声明はコチラ

みんなが、お上の顔色を伺って何も言えなくなる、勝手に自粛したり、違う考えの人をマークしたりするようになる、自分で自分達の首を絞めてゆく、そんな世の中はまっぴら。
そんな思いがあって、趣旨に賛同、duoのこばちゃんとともに参加しました。(共謀罪について)

私はミュージシャンとして、当日の演奏のみの参加でしたが、スタッフとして関わられた皆さんのものすごいご尽力で、無事に開催、終了できたことを心から嬉しく思っています。みなさんお疲れ様です。本当にありがとうございました。

始まるまでは、いつ、開催不能になるかもわからない、どんなもめごとがあるのかわからない、と不安に感じることも多かったのかもしれません。
実際、当日の朝も警察との交渉が続いていたようで緊張の場面もあったようです。


しかし、フタを開けてみればとても良いムード、特に問題のあるようなこともなく、大げさすぎるほど集められた警察の皆さんも、何気に音楽を聴き入ってるような様子もありました!
あの、むやみとだだっ広くて日常感も生活感もない野外空間で音楽を聴くのも面白いものですよ。
主催の浦邉さん(中央)
ラブ・エロ・ピースのゆうじさん(左)


今回興味はあったけど、抗議行動みたいなのはちょっと、とか、危ないのかも、など遠慮してしまった方がいたら、どうぞご心配なく、次回は是非、足を運んでみてください。

そんなことして何か意味あるのと思われる方もいるでしょう。ごもっともです。
でも、
「こういうイベントが開催できる」ってことにこそ意味がある、
わたしは、そう思っています。

「自由」って不自由になってみないとわからないものかも知れません。
今ある自由の範囲をわざわざ行動で確認してみることもたまには必要なのではないでしょうか?なんちゃって。

今回をはじめの一歩に、次回次々回開催に期待を込めて。

写真:桑畑恒一郎



次回のライブは青木マリ弾き語りsolo
10/13金、学芸大学APIA40です。皆様のご来場を心よりお願い申し上げます!



2017年6月25日日曜日

政治ワークショップ「マツリゴト」に参加してきました。

6月24日、政治ワークショップ「マツリゴト」に参加してきました。

ママ友で、演劇的な身体表現をメインに活動している表現者、なかええみさんの呼びかけで、自分達の暮らしと切り離せない政治について、知ることからはじめよう、という勉強会です。
特定の政治団体や主張を聞いたり批判したりする場では無く、まず、政治ってなんだろう。どういう仕組やきまりがあるんだろう。という基本を改めて自分たちで学ぶ場です。テキストは最初は中学校の公民の教科書から。講師は招かず、参加者で輪読し、文言を国語的に読み進める、それだけの会です。

わたしがこの会に興味を持ち、賛同する一番のポイントは、万人向けに書かれ、明文化されたテキストを、「文字通り」読んでいく、その姿勢です。

誰かの都合、個人的な意見で書かれたものではなく、ある程度の人数、歴史的な検証を経た事実が書かれているといえるもの。また、法令や条文などの、その輪の中に含まれる誰にとっても共通する決め事(憲法がその最たるものですね)。そういう文章として教科書を、読む。

習ったはずなのに忘れてたり、全くわかってなかったり。

様々な立場、考え方があり、意見はいろいろある。議論を重ねてゆく。それはとても大事なこと。でも、その議論を重ねるために、まずは基本的な知識、共通認識が必要なのではないでしょうか。自分の欲に任せて言いたいことを言い合うのは議論ではありません。

まずは知ること。正しい知識を身につけること。

そこからでなければ何も考える事が出来ません。
耳障りの良い言葉に流され判断を間違える、または間違えていることにすら気づかず漠然とした不満と不安を抱いて暮らすのは幸せとは遠いのではないでしょうか。

また、書かれた文字を、文字通り読むことの大切さを最近とても感じています。自分の都合の良い読み方、解釈で言葉を破壊していく行為は、そのまま社会の破壊につながると思います。なぜなら、社会は言葉の上の約束ごとで出来ているからです。中枢の人たちが言葉を蔑ろにすることを非常に危惧していますが、それは私達一人ひとりの態度の鏡なのかもしれません。

311,福島の原発事故を経て、わたしはあまりの自分の無知を恥じ、悔やみました。
以降は少しづつ、読むべき書籍を探し、読み進めています。ちょっとでも知ろうとする努力をしています。「知らなかった」では済まされない、それが大人の責任だと思うのです。今からでも今さらということはありません。
(自分にとって勉強になったと感じる本などはこのブログでも紹介したいと思ってます)

ワークショップでは、自分以外の視点を共有できる事が面白いと思います。
ここでは使っているテキストは義務教育の教科書。
日本に暮らす上での最低限の知識を改めて学び直してみる、意外と知らなかった事がたくさんあるかもしれませんよ。
知ることで今までとは違う考え方=生き方を手に入れられるかもしれません。

ワークショップにかぎらず、きっかけは何でも良いと思いますが、もし興味のある方は参加してみてください。

政治ワークショップ「マツリゴト」サイト
http://maturi5050.wixsite.com/maturigoto


次回のライブは7/14金
池袋・鈴ん小屋にて。
青木マリwithロケット・マツ(p.fromパスカルズ)!









2016年7月9日土曜日

7・10参議院選挙によせて。

わたしのような、たいして影響力もない人間がこんなことをかいてもしょうがないかもしれませんが。


明日は参議委員選挙です。

選挙権のある人は必ず投票に行って欲しいのです。


私は、記憶にある範囲で、区議会なども含めて、ほぼ、毎回投票に行っています。

考えが足りずに過去、一度だけ意識的に棄権してしまったことがありますが、多分それ以外は全部行っています。


特に支持している政党も無いし、候補者もいませんが、それでも行きます。


雨でも行くし、用事があっても、行ける時間で行きます。


自分が政治に直接関われる手段だからです。




私は、毎回野党勢力に投票しています。

政権交代が有ることが健全だと考えるからです。

うちは東京選挙区なので、野党の中でも今回はかなり悩みました。

自分も含め人間のアホな面を直視することになり、精神的にもキツかったです。


それでも、一応、自分の中で折り合いをつけて、明日、投票します。




政治家を志す人は、私なんかとは違って、大きく目指すものを持っているのでしょう。

それは、決して人のために身を捨てて尽くす、と言ったたぐいのものではなく、ある種の強烈な自己実現欲求なのかもしれません。

それでも良いです。

(差別思想のある人はこれからの政治家はNGでおねがいしたいですが、)聖人君子でなくても良いんです。そんなこと期待しちゃいけません。人間なんですから。

私達の方を大事な集団として見て、仕事をしてくれる政治家であってくれれば良いんです。


投票率が低い、ということは、政治家は、特定の支持団体の方だけ向いて仕事をすれば良い、ということになります。

損をするのは、誰ですか?



投票します。応援してます。だから私達のために働いてね、と。そして悪い時はしかりますよ。と。

私達も、いつも、政治の人に目を向けていなくてはならないです。

選挙が終わっても、ずっと関心を持っていなくてはならないです。

ぜんぜんおもしろくなくて、ワクワクしなくても。
(多少の楽しみがあればより良いのかもしれませんが)


自分のために。そして、これからの人たちのために。





最後に、まだ、誰に投票するか決めかねている人に。



現政権には、いろいろ言いたいことだらけですが、ひとつだけ。


今回の選挙で、自民公明維新改革こころ幸福など、改憲賛成派が2/3超えると、いよいよ憲法改正に向けての動きが一気に始まると予想されています。

憲法は、国の骨組みを決めるもので、為政者の暴走を抑えるものです。

憲法の改正については議論がわかれるところですが、現状の自民党改憲案はかなり劣悪で破壊的な内容に感じます。

今の暮らしに特に不満の無い、穏やかなあなたこそ、改憲反対勢力の有力な候補に投票してください。

「国民投票すればいい」

愚かな私達が、かならずや賢明な選択ができるとも限りません。
少しでも手前で考える機会をつくるのが良いです。

改憲については、改めてもっと良い案をたくさん出して、本当に必要なのかどうかをみんなで考えてからで十分でしょう。



わたしにはこどももいるし、自分はどんなに絶望的、厭世的になっても、希望を捨てるわけにはいかないのです。


明日は投票日です。投票に行ってきます。



















2015年10月5日月曜日

柔術護身術と憲法カフェ

先週土曜日は、たまたま日程がかさなって、二つの講座に参加しました。

午前中は、小3の娘の小学校のPTA主催の家庭講座で、「親子deみんなde学ぼう!護身術」。
午後は、たまたまSNSで見つけた「憲法カフェ」。こちらは小6の長男と参加。

まず護身術、「トライフォース柔術アカデミー」のとても強そうな講師の先生が最初に教えてくれたことは、

「暗いところに行かない」「狭いところに行かない」「人のいないところに行かない」
「大きな声で助けをもとめる」「すぐ逃げる」

ということ。危険には近寄らないのが最大の護身術だと。そして、今日習っただけでは、実際には役にたちません、ただ、経験として知っておく事が大切だ、と。

なるほど、納得です。

そして、すごく頷けたのは、それでもトラブルに巻き込まれたときは、弱そうにして、相手を挑発しない、隙を見て逃げること。相手を怒らせてしまう事がより危険になる、と。

心身ともに鍛えられているのが一目でわかるような先生、第三者としてトラブルに出くわしてしまったときは、攻撃している方の後からおだやかに「大丈夫ですか」と声をかけながら近寄り、当事者同士をさささっ、と引き離してしまうのだそうです。

なるほどな~。と。

戦いを知っている人ほど、平和的な解決をしっているんだなあ。

「本当の一番の防御は相手と友達になっちゃうことなんですけどね!」

だそうです。

その後、いくつかのパターンで襲われたときの逃げ方、身体の使い方を実践しました。
自分の身体にイメージを持っておくのは、なるほど大事ですね。先生いわく、今の子供たちは実際にケンカをしないし、ゲームで戦ったりしているので、襲われたときにパンチとか繰り出せる、と思ってしまってるところがあるんですよね~。と。実際に動いてみるとそう簡単には行かないぞ、と。

講師の先生に体験として腕をつかまれ、その大きさ強さも実感。
普段はやらない体の使い方を意識して学ぶことができ、ためになる講座でした。



さて、護身術で汗をかいたあとは、午後からは「明日の自由を守る若手弁護士の会」の弁護士さんを講師に迎えての「憲法カフェ」。

FBでたまたま、家の目の前のスペースで開催することを知って、政治に関心の高い息子と、ママ友を一人誘って参加しました。


人権を守る若手の弁護士、種田和敏先生が、「立憲主義」や、「集団的自衛権」についてわかりやすく教えてくださいました。
最初の自己紹介で、自衛隊が子供たちに接近している問題について、声を上げる活動をしているとのこと、知らないこともあり、驚きました。

種田先生の著書を息子が購入。
扉絵のイラストが良い感じ。

講座の内容としては、「憲法とは、王様を縛るための法」、という、本当に基礎的でかみ砕いた内容で、わかりやすく親しみやすくてよいと思いました。
集団的自衛権の行使が、現代における戦争そのものであるというお話もしていただきました。ただ、参加してる人はある程度知識を持っているのかな、と。私も大体知っている内容だったので、私にとっては講義の後の質問、雑談タイムが有意義だったように思います。

「そんなの興味がない」もしくは、「安保法制、必要でしょ?」という人にぜひ参加してもらいたい。
意見を聞きあう場になればいいなあ、と思いましたが、興味のないことに人はお金も時間も割かないものですよね。
いかに「自分自身に関係ある、知る事でメリットがある、」と思ってもらうかが肝心なのかな。
ホントは、「知らないと取返しつかないことになる!」だと思いますけどね!

情報があふれているからこそ、興味のあるなしで世界観がはっきり分かれてしまうのは残念なこと。
権力の側が憲法をないがしろにする、これがどれほど危険なことなのか。
お箸をつかうのと同じくらいにみんなが共通の基礎知識、教養として日本国憲法について知ってないと本来はおかしいんじゃないのかなあ。(って、弁護士さんも、教育をつかさどってるのが政府サイドなので、そこは自分たちでやるしかない、とおっしゃっていました…)
改憲についても動きがささやかれつつありますが、知らないものについては何をどう変えるのか、良くなるのか悪くなるのか、さえも判断できないまま、自分たちは置いてきぼり、そんなの嫌じゃない?

ついでに歴史認識とかも、きちんと精査されたこれが世界的ベーシックです、ってものを読み書き計算と同じように身に着けておくことが大事なんじゃないのかなあ。
わたしだって、学校では一通り習ってきたはずなのに、ほとんど心に残ってなかった。そんなに重要だって認識を持たずに通り過ぎてた。お箸の使い方とかはさんざん言われてきたのに。
もっともっと大事なことなんだ、と口を酸っぱくしてでも言うべきことのはず。

ベーシックがないと話し合いのテーブルにもつけない。よくわからないから、自分の意見は言わない、になっちゃう。そして、わかりやすい安易な解決法にながされやすくなる。
弁護士さんと話し合うことで、考えの基礎が少し強くなったように思う。

息子が小学生ながらやたらと憲法などに詳しいので、弁護士さんおどろかれていました。なぜ?と聞かれると、「震災があって、原発事故があって、そこからいろいろ調べ始めた。」と答えていました。そう、そもそも私がこういう問題に興味を持てるようになったのも、息子が盛んに話題にするので息子に話を合わせるために自分も本を読んでみた、からだったんですよ。この件についてはまた改めて書いてみようかな。
うちの子はやや頭でっかちだけど、少なくとも今の若い世代の人は、思春期ごろにあの「震災」を経験している。バブル期に多感な時代を過ごした私たちとは危機に対する感覚が違うのかもしれない。ぼんやりした私たち大人こそ、ちゃんと勉強しなおさないと。


と、まあ、。そんなこんなで、午前午後とまったく別のアプローチから、真の平和についてを考える一日となったのでありました。身体も脳も、勉強した~~。

最後まで読んでくれてありがとう。



青木マリduo+、次回のライブは10/11(日)高円寺稲生座、ゲスト萩原信義、共演はmogura、
お楽しみに!